すだまの足跡

技術と社会を考えたい理系大学院生が残したいつかの足跡。

Facebookはデジタル通貨の夢を見るか?

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今年の6月に発表されて以来、世界的な議論の的となっているFacebookのデジタル通貨、Libra(リブラ)。その特徴は何か、そして発表から半年近く経とうとしている現在どのような懸念が存在するのか、自らの勉強がてら簡単にまとめてみます。

 

デジタル通貨Libraの特徴

➀ 運営主体はLibra協会

Facebookの” デジタル通貨と書きましたが、正確に言うと、運営するのはFacebookではなくLibra協会であり、その中にFacebookの100%子会社であるCalibraが構成員として属する形となっています。しかし協会の立ち上げに深く関わり、Libraの事業計画書とも言えるホワイトペーパーを書いたのがFacebookであり、通貨の技術的側面でも同社が大きく寄与していることを考えれば、やはり「Libra = Facebook」の実情は、少なくともしばらくは崩れることはないでしょう。協会の創設メンバーには、PaypalやeBay、MastercardにVisa、そしてAdreessen Horowitzなどの著名VCまでそうそうたるメンバーが名を連ねていましたが、その後脱退が相次いでいるようです。その裏では米政府による脅しがあったとか無かったとか。下で触れますが、Libra構想には四方八方から懸念が寄せられており、試みの実現も順調とは程遠いところで奮闘しているようです。

 

② 通貨バスケットで価値を裏付け

Libraがその他の仮想通貨と大きく異なっている点の一つは、具体的な資産によってその価値が裏付けられている点にあります。これにより、ビットコインなどと違って価値が劇的に上下することのないステーブルコインが実現されます。具体的な方策としては通貨バスケット型を採用しているため、現行通貨ごとに特定の比率が割り当てられ、それらの通貨建てで預金や短期国債などを保有することになります。このような資産プールはリブラ・リザーブと呼ばれています。ドルに割り当てられている比率は50%、他には ユーロが18%、円が14%、ポンドが11%、シンガポールドルが7%などとなっています。よく指摘されるように、ここには中国の人民元が含まれません。米中の冷戦構造が見え隠れします。

 

ブロックチェーン技術を利用

数多の仮想通貨の例に漏れず、Libraもブロックチェーン技術をバックボーンとしています。分散型台帳技術とも呼ばれるこの仕組みにおいては、ブロックと呼ばれるひとまとまりの取引記録を鎖(チェーン)のようにつなげていく事で台帳を記録していきます。一度記録された取引を改ざんするためには、改ざんの結果得た利益が割に合わないほどの膨大な計算能力を必要とすることから、台帳の信頼性を保たれています。またブロックチェーンには、そのネットワークの包括性によって次の3つが存在します。パブリックチェーン、コンソーシアムチェーン、プライベートチェーンです。パブリックチェーンは誰でもアクセス・利用が可能で、膨大な計算能力を必要とする一方で、中央集権的な機構の一切を必要としないという特徴があります。ビットコインなどがその例です。一方、Libraは承認された機関のみが台帳にアクセスできる、プライベートチェーンあるいはコンソーシアムチェーンに分類される仕組みを用いています。ブロックチェーン技術は次世代技術として話題にはなるものの、その普及の決め手となるキラーアプリケーションがまだ見出されていないのが現状だと思います。Libraが普及すれば、この技術も新たな局面を迎えるかもしれません。

 

さて、もともと2020年の前半には発行を開始する計画を立てていたLibraでしたが、先月の10月23日に、マーク・ザッカーバーグCEOが発行延期を発表しています。国家の重要な要素の一つである”通貨”の領域に、挑戦状を突き付けるようなLibra構想でしたが、多くの問題が未解決なままです。以下に、大きな問題点を3つ挙げますが、もちろんこれで網羅しているわけではありません。

 

 Libra構想実現に向けた問題点

➀ 政府が金融のコントロールを失う

経済は好況と不況を繰り返すものです。経済が不況に陥ると、投資を受けたビジネスが十分な利益を達成することに失敗し、投資家は損失を被って破綻の淵へ追いやられ、人々の購買力も低下する、負のフィードバックループが回り始めますが、経済が火をつけて燃え始めた時に、その燃え広がりを少しでも食い止めるのが、政府の役割であり、国の中央銀行の役割です。一方で、その価値を100%現行通貨の資産で裏付けるLibra単体では、そのような消火装置が見当たりません。またLibraが大きく普及すれば、政府が通常の金融政策の波及メカニズムが変容し、さらに、近頃国際的な折衝で多用される経済制裁、特に金融制裁を実行することも難しくなる可能性があります。政府の猛反発を買うのは必至です。

 

マネーロンダリング・テロ資金流出対策への懸念

Libraは海外への送金を、既存の仕組みと比較して遥かに容易にします。ユーザーからすればこれはもちろん有難い話なのですが、そのユーザーも善良な人々とは限りません。世界各地でテロ対策が強化される今、金融業界においても規制が張り巡らされ、潜在的なテロ組織に資金が渡ってしまわないよう細心の注意が払われています。ところがLibraは、そういった綿密に設計された既存のシステムと大きく異なる、全く新たなシステムで入出金を行うため、新たな抜け道として活用されるのではないかとの懸念が強まっています。

 

③ 消費者保護・プライバシーの問題

FacebookはLibraサービスから得られた個人データを、Facebookでの個人データといっしょくたに扱わないことを強調しています。例えば、Libraの利用履歴がターゲット広告に利用されることは無いようです。しかし、Facebookのずさんな個人情報管理体制は昨年多くの人々の知るところとなったわけで、いくら関連事業を子会社化したからといって、疑念が払しょくされることはありません。2018年3月、Facebookから英コンサルティング会社であるCambridge Analytica (CA) へ、最大8700万人分の個人情報が流出していたことが明らかになりました。Facebookの規約を破る形でデータを入手したCAは、入手したデータをトランプ大統領の選挙サポートに利用したと言われます。さらに同年、Facebookは続けて複数の個人情報流出を発表しています。金銭に関わる重要なデータを、そして金銭取引の履歴から生じるであろう個人の「プロファイル」データを、果たしてFacebookに預けて良いものか。世間の疑いの目も、Libraの成功にとって足かせとなりそうです。

 

 

さて、直近の記事を見ると、技術開発自体は順調に進んでいるというLibra。様々な懸念点が浮上する中で、このままごり押すことができるのでしょうか。また一方で中国では、「デジタル人民元」の発行に向けた準備が進んでいるようです。おそらく、こうした動向にはFacebookも危機感を持っているでしょう。ブロックチェーン技術と共に産声をあげた未来のデジタル通貨が一体どのような軌跡を歩むのか、今後の行く先にも注目です。

 

参考文献:

藤井 彰夫、西村 博之著(2019)『リブラの野望 破壊者か変革者か』日本経済新聞出版社