すだまの足跡

技術と社会を考えたい理系大学院生が残したいつかの足跡。

量子コンピュータ開発 雑感

Googleの量子超越性実証で一気に沸き立った量子コンピュータ。昨日はなんとAmazonも独自のサービスを発表しました。盛り上がってますね、量子コンピュータ。ところで、その開発は今世界的にどのような状況にあるんでしょうか。気になったので少し調べてみます。

 

jp.techcrunch.com

 

量子コンピュータ開発はハードウェア面とソフトウェア面に分けることができそうです。そして現在のところ、ハードウェアを作ることができるプレイヤーは限られそうです。日経XTECHの記事を見ると、開発企業として挙がるのは米国のGoogleIBMMicrosoftIntel、中国からはBaiduとAlibaba、日本からNECなど、そうそうたる企業が名を連ねます。他はスタートアップが少しいて、米国のIonQ(イオントラップ型)、Quantum CircuitsとRigetti computing(どちらも超電導型)、それからカナダのD-Waveなど。Quantum Circuits と IonQ はMicrosoftAzure Quantumというサービスで提携しています。また、IonQとRigetti computing、それからD-Waveの量子コンピュータAmazon Bracketから利用できるようになります。特にAmazonは自社内に量子コンピュータ研究部署を持たず、必要な技術要素をほとんどスタートアップから調達する形です。スタートアップ側から見ると、AWSのチャネルを使って広範囲のユーザーに使ってもらえますから、Win-winな関係だと言ってよさそうです。

 

(なおアーキテクチャ的には、D-Waveだけちょっと異色で、彼らが売っているのは量子ゲート型ではなくアニーリング型であり、こちらは組み合わせ最適化問題(より具体的にはスピングラス問題)を解く用途に特化しています。なんだそれだけか、と一見思いますが、組み合わせ最適化問題はいわゆるNP困難と呼ばれる、古典コンピュータでは全く手に負えない、しかし極めて一般的に見られる問題なので、ビジネス上の利益は大きいのだと考えられます(ただし量子コンピュータでもNP困難問題を多項式時間内に解くのは難しいらしい。さもないとNP=Pとなってしまうから?)。)

 

量子コンピュータの有用性を測る一つの指標が量子ビットの数です。今GoogleIBMが達成しているのが53 qubits。量子コンピュータが高速な計算を行えるアルゴリズムとしては、素因数分解多項式回数の計算で行えるShorのアルゴリズムや、データベース探索を高速化するGroverのアルゴリズムなどが有名ですが、特にShorのアルゴリズムRSA暗号の安全性との関連で話題になることが多いです。セキュリティ会社Entrustの資料によれば、2048-bit RSA暗号をクラックするには4000 qubitsが必要になるとか。というわけで、まだまだ量子ビットが必要そうです。

 

また、量子コンピュータを実現する上でもう一つ難問なのが量子エラー訂正です。自分の理解する限りにおいて、これは大雑把に次の事情によります。すなわち、古典コンピュータでは、送ろうとする情報をいくらでも複製することができるため、データ輸送の途中で一部のビットがフリップしてしまっても元の情報を復元できるように、ある程度の冗長性を持ったビット列を送ることが可能です。一方で量子コンピュータでは、量子状態を複製するためにその内容を調べた瞬間、量子状態が壊れてしまうため、これを複製できません(量子複製不可能定理)。したがって、量子コンピュータでエラー訂正を行うためには、量子的性質を上手く考慮した方法が必要になるわけです。

 

これはなかなかチャレンジングなので、ひとまずエラー率の高い量子コンピュータでも何かに応用できないか考えよう、という動きが当面の動きです。こうした量子コンピュータはNoisy Intermediate Scale Quantum computer、略してNISQと呼ばれます。応用先としては量子科学計算や機械学習などがあるそうです。なぜNISQで量子化学計算ができるのかは、今のところ自分にはさっぱり分かりません。しかし量子化学計算はものによっては死ぬほど時間のかかる代物なので、十分有用な応用先だと考えられます。量子コンピュータのスタートアップと化学系メーカーが提携する例もよく聞きます。

 

こうした応用に不可欠なソフトウェア開発の話題を、最後に少し調べたいと思います。量子コンピュータ向けのアルゴリズム開発やコンサルティングを行っている会社は、めちゃめちゃあります。このページにリストがあるのですが、スクロールするだけで大変です。日本にも、Qunasys(量子ゲート型)やJij(アニーリング型)などのスタートアップが量子アルゴリズムを開発しています。東洋経済とかにも取り上げられていました。Quansysは直近で新たな資金調達も行っています。

 

まだ量子コンピュータが実用段階にない現在(Googleの量子超越性は、古典コンピュータが再現できないほどのスーパー複雑なプロセスで、”ほぼランダムな数列”を作っただけとも言える)、量子アルゴリズムを開発する企業がどうやって収益をあげるのかは純粋に疑問なのですが、Qunasysの例を見る限り、今後量子コンピュータの活用を見込んだ企業との共同研究や、勉強会の開催などで売り上げを得ているといったところなのでしょうか。

 

量子アルゴリズムの開発には通常のコンピュータによるシミュレーションを用いることも多いようですが、こうした企業向けにIBMは既にオンラインで自社の量子コンピュータ一般に開放していますし、MicrosoftAmazon、それからGoogleなどもこれからそうしていくでしょう。したがって、よりオープンイノベーション的な開発が進みそうです(しかしあくまで実機のコントロールを巨大IT企業が握ると、結局今のAIとかと同様に、使われれば使われるほどGoogleAmazonの懐でチャリンチャリン音が鳴る……っていう風になったりするのでしょうか)。

 

さて、今回は雑感ということで、こんな感じで切り上げたいと思います。今は投資家の機運的にも量子コンピュータブームがきているようで、世界の投資額はどんどん増えていますAmazon Bracketで導入が決まったRigetti computingなんかは、あのY combinatorの出身らしくてびっくりします。グレアムは創業者が「ハッカー」であることを重視するらしいですが、これからはもはや「量子ハッカー」の時代かも?とかいって。

量子コンピュータのこれからの発展が楽しみです。