すだまの足跡

技術と社会を考えたい理系大学院生が残したいつかの足跡。

マシンはヒトに”創造的な仕事”を残すのか?

ディープラーニングなどの誕生により、マシンが出来る仕事は飛躍的にその数を増してきました。「このままいくと、マシンが人間を完全に置き換えるのではないか?」。そう言った疑問に対して、「人間は逆に単純作業から解放される事で、創造的な仕事に集中できる」といった意見があります。

 

でも果たしてその「創造的な仕事」は、いつまで人間の手に残っているんでしょう。創造的な営為の代表例としても良いような科学研究の現場でも、機械に出来ることがどんどん増えています。例えば、Robotics Biology Institute社が開発するロボット「まほろ」は、バイオ実験における熟練研究者の技を、ロボットが再現すると謳っています。

 

そもそもベーコンが近代科学の作法を打ち立てて以来、科学と技術は不可分な関係にあるわけですが(作ることによって知り、知ることによって作る)、今はその「知る」部分にローエンドから機械が侵入してきている感覚があります。

 

上で紹介した「まほろ」について調べると、まだ現段階では「まほろ」は単純作業のみを行い、研究者は空いた時間を高度な研究作業や構想に費やすことができるといいます。面倒臭く利益率の低い単純作業を機械にあけ渡すのは、人間に苦痛を感じさせず、むしろ生産性の向上につながるでしょう。問題は、その機能の向上速度(加速度と言う方が正確かもしれない)の凄まじさと、人間が機械による代替を拒めるようなメカニズムが希薄だという2点です。

 

果たしてディープラーニング技術が決定打になるのかは知りませんが、機械がいわゆる単純作業をする能力を拡張していくにつれて、人間は喜んでそれらを機械にあけ渡すでしょう。そうする事で、自分たちはより創造的で、生産性の高い作業に集中できるからです。しかし、それも人間しかできない高度な作業がまだ残っている間です。人間がハイエンドな創造的仕事の淵に追い詰められた事に気づいた時にはもう、反撃は叶いません。機械は我々の行なっていた単純作業をはるかに効率よく行う術を身につけているからです。

 

ロボット「まほろ」の開発者のインタビュー記事には、「人にしかできないこと以外はロボットに任せる」との言葉が踊ります。そうすることは実際、多くの研究者を助けることになるでしょう。でも一方で、人にしかできないことって、一体いつまで残っているの?なんてちょっと疑ってみたくもなります。上の理屈は少し単純化が過ぎるかもしれませんが、一つの見方としてはあり得るように思えます。