スタートアップは悪者か?
以前の記事で、シリコンバレーに代表され、その他各地で盛り上がりを見せるテクノロジー企業の台頭と、その貧富の格差への関係に関して少しだけ触れました。Y Combinatorの創業者として有名なPaul Grahamが、類似の話題に関して(割と物議を醸したらしい)エッセイを書いていますので、今回はこれに関してメモをしておきたいと思います。原文をこちらで確認することができます。
もともと自分が貧富の格差について触れたのは、(人の職業を不要にする、新たな雇用を生まないといった)今のテクノロジーの性質に由来する現象としてでしたが、Grahamのエッセイでは、成功したテクノロジースタートアップの創業者が大きな富を得ることの是非に関して考察されています。
さて、言うまでもなく、GAFAなどシリコンバレーで成功している企業の創業者やそれに準ずる人々は、想像もつかないほどの富を手中に収めています。そしてこれが、ダイレクトに経済的不平等へと結びつくわけです。情報技術の発達に伴い、こうした急速に成長する可能性を秘めたスタートアップを創業するために必要な初期コストは減少の一途をたどっており、特にアメリカなんかだと無数のスタートアップが生まれては消えていく状態にあるようです。こうした中で生まれた一部の成功者が、巨額を手にすることは果たして良いことなのでしょうか。
Grahamの主張は次のようになります。
すなわち、スタートアップはそもそもの定義から言って、経済的不平等を増加させる存在であることは事実です。しかし、経済的不平等の背景となる原因には良い原因と悪い原因が存在するため、経済的不平等を一括りに非難するだけでは、悪い原因だけでなく良い原因をも潰すことになりかねません。スタートアップは、社会にある有限の富を奪い合うゼロサムゲームを戦っているわけではなく、むしろ新しい富を作り出す存在であるため、例えそれによって経済的不平等が悪化したように見えたとしても、それは良い原因によるものであり、非難するべきではないのです。
Silicon Valleyに存在する金言に、"You make what you measure."というものがあります。すなわち、物事を改善する上で最も重要なのは、フォーカスする適切な指標を選ぶことです。選んだ指標以外は大して改善しないから。Grahamは、経済的不平等はフォーカスするべき指標ではないと主張します。本当に改善すべきなのは、貧困であったり、社会的非流動性なのであり、経済的不平等ではないのです。
といった具合にまとめられるでしょうか。経済的格差の拡大が当然問題であるとする通常の見方と異なり、格差それ自体は善でも悪でもない中立的な現象であるという仮定をおく点が特徴的だと言えそうです。また、いわゆる相対的貧困を問題と捉えず、絶対的貧困を真の問題だと考えている様子も伺えます。
私自身がこの主張に対してきちんとした意見を述べるには知識不足が過ぎますが、少し腑に落ちない部分もあります。スタートアップは既存の富を奪うのではなく新たな富を作り出す存在だとは言うものの、完全な新市場を開拓するスタートアップばかりではないはずだと思いますし、「スタートアップを規制しても挑戦者が他国へ逃げるだけだよ」という理屈も若干すっきりしません。
このエッセイには反論が多く寄せられたそうですが、代表的なものにTim O'Reillyによる "What Paul Graham Is Missing About Inequality" があるそうです。これも後々チェックしたいところです。